宇宙飛行士の不思議
人類、月へ
JAXAが13年ぶりに宇宙飛行士を募集、総勢4127人の中から諏訪理(まこと)さんと米田あゆさんの2名が合格して話題になりましたね。アメリカが主導するアルテミス計画では、日本人宇宙飛行士2人の月面着陸が決定しており、こちらも楽しみです。
人類初の月面着陸は1969年アポロ11号、アメリカ人宇宙飛行士ニール・アームストロングでした。
That’s one small step for [a] man, one giant leap for mankind
一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍である
人類が月へ降り立つとはどういう事でしょう。*月の表面温度は太陽に反射されると最高130度、マイナス140度まで冷え込みます。1秒でも間違えると・・まさに映画の世界です。
そのためアポロ11号の月面着陸には早朝の時間が選ばれたそうです。月でも早朝は温度が低く、太陽が昇るに従い暑くなる。滞在時間はどうだったかというと、月と地球で時間の数え方が変わることを考慮しなければなりません。
月は自転しながら地球の周りを公転、さらにその地球も自転しながら太陽の周りを公転している時間を加味すると、地球時間の1日は月時間の53分弱にしか当たらないそうです。アポロ11号は地球時間では21時間36分の滞在、月時間では47分の滞在になる*。
インターネットでアポロ11号の滞在時間を検索すると色々な数字が出てきますが、ここ(**)では知の巨人、立花隆氏の素晴らしすぎる著「宇宙からの帰還」を引用しています。詳しく知りたい方はぜひ本著を読んでみてください。
もちろん宇宙船から出た時点で、月面と同じ過酷な環境下に出ることになりますので、宇宙服は十分な耐久性を備えています。それでも万一を考慮して早朝の時間が選ばれたと言う事ですね。
氏の書は、これから紹介する野口総一さんが高校三年生の時に読んで、宇宙を目指すきっかけになった本だったそうです。若い時分にこの本に出会えたのは率直に羨ましい。毛利衛さんも、同書で選抜試験の時には必ず鞄に忍ばせていたと語る伝説の書。
宇宙に関する難しい本ではなく、アメリカ人宇宙飛行士へのインタビューで構成。アポロ13号奇跡の生還や、先の11号でのこぼれ話(アームストロングは人類1号になるはずではなかった?)、創世記をどう捉えているかなど、俄か宇宙ファンの自分はぐんぐん読めて非常に面白かったです。
そして過酷な宇宙環境から地球へ戻ってくると、生きとし生ける全てのものが愛おしく感じる、地球は奇跡の星だと、今までになく感じるそうです。大自然を見て自分がちっぽけな存在に感じるのにも似て、あらゆる細かな違いが気にならなくなる、しかしそれは世界規模でなく宇宙規模。
こういう事が宇宙視点かもしれないと思いました。宇宙目線で物事を見るとは、表象ではなく本質を見る事。この貴重な感覚を全ての人類が共有できたら、ついに世界は平和になれるかもしれない・・この先の未来、宇宙から地球を見る修学旅行が世界中の教育標準になったらいいなと、思った次第です。
宇宙飛行士から感じた「なぜ」
野口さんはJAXAを退職されてから、メディアでよく見かけるようになったと思います。個人的に嬉しい限りですが、クイズ番組で野口さんを見られた事のある方には、きっと分かって頂けると思いますが、回答時間がなくなるギリギリの瞬間でも半端なく落ち着いておられる。
自身はクイズプレーヤーではありませんが、クイズ番組は好きです。家にいるにも関わらず、時間制限がある問題には焦りを感じてしまう。芸能人がよく「落ち着いて」と周りから声をかけられる場面も見ますが、落ち着けと自分に言い聞かせても、その場限りでなかなかできるものでもないのでしょう。普段からの心構えが必要ではないかと思うわけです。
野口さんの落ち着き方は尋常でなく、かなり印象に残っています。さすが狭き門をくぐっただけの精神力だと、クイズ云々よりそっちの方に感心してしまいました。宇宙飛行士になるだけの人は違うな、と思ったものです。
そしてそんな疑問は、若田光一さんが宇宙へ持っていった本である「氷川清和」を読んだ時に氷解しました(「宇宙から帰ってきた日本人」の中で「氷川清和」と「かもめのジョナサン」を紹介)。
「かもめのジョナサン」は大好きな本。子供でも読めてしかも薄い。読んだ事のない方にはぜひお勧めします。気持ちが大きくなれるので、なんとなくですが宇宙へのお供という意味ではまぁ分かる、と勝手に納得していました。
が、なぜ勝海舟の「氷川清和」なのか?歴史が好き?これは不思議なチョイスだなと、思っていました。ところが実際読んでみると、野口さんの落ち着きの理由と若田さんが宇宙へ持っていった理由が分かった気がしたのです。それを今回は紹介します。
「氷川清和」〜武の道は心の道〜
「氷川清和」とは、勝海舟の自宅があった江戸・氷川(現在の赤坂)で行われた談話をまとめたもの。
よく知る方には要らぬ親切だろうと思いますが、海舟といえば激動の幕末で軍艦奉行を務め、神戸海軍操練所を設立。戊辰戦争時は幕府側の軍事総裁であり、江戸城無血開城を経て維新後の明治32年、75歳まで時代を見てきた傑物。
ところで幕末〜明治は、歴史に名を残す人物が大勢出ました。なぜこれほど多くの大人物が同時代に生まれたのか不思議に思った事はないでしょうか?海舟はこれを「時勢が人を作る」と言っています。
激動の時代だったからこそ、各人が知恵を絞った。佐幕派vs勤王派、攘夷派vs開国派など、あるべき姿を巡って対立が起こった。けれど国を思う心は一つだった。だからこそ、世界史上あり得ない明治維新という改革が成立した。このあり得なさは、ハーバード大学など海外でもよく研究されています。
(本書はあくまで海外目線。維新の資料や本はたくさんありますので、興味が湧いたら是非調べてみてください。入り口におすすめなのは司馬遼太郎の小説か、漫画「お〜い!竜馬」)
同時代に英雄はたくさん出ましたが、「氷川清和」ではあまり聞き馴染みのない人物も出てきます。桜田門外の変一つとっても、やり方を間違えば日本は外国にのまれてしまったかもしれないと言って、彦根藩家老・岡本黄石の手腕を褒めちぎっています。彼ら人物の中にも、英雄と同じ心があることに気づきます。
政権を奉還して江戸城を引き払うのは、国家主義から割り出したものさ。300年来の根底があるからといったところが、時勢が許さなかったらどうなるものか。佐幕論者とてもその精神は実に犯すべからざる武士道から出たのであるから、申し分ない立派なものさ。人は精神が第一だよ。
注目したいのはその精神。
生きるかシぬか、ヤるかヤられるか、帯刀が当たり前の時代。いざという時に精神が研ぎ澄まされていなければ、それこそ命取り。沢庵和尚によれば「不動知」、前後左右いかなる方向、どの方角へも進めるという心の状態。宮本武蔵が「五輪書」でも似たような精神状態を述べており、60数回無敗神話にうなずく訳です。
当時のことですから、基本は武の道を説いたものですが、武の道は心の道でもあり、「不動知」では剣と禅の一致が説かれています。“意識して動く間は未熟“だと。
生産階級になかった武士は暇人、いやそのおかげで教養人でもありましたので、こういった究極的な心の状態を学ぶ人は多くいました。海外でも研究されているのが面白い。
天下の事、はぁそうかと、全て春風の面を払って去るごとき心境。この度胸あって初めて天下の大局に当たることができる。速やかならんと欲せば大事ならず。切々事に迫るは、処世の大禁物だ。虚心坦懐、おもむろに人事を尽くして天命を待つのみ。
海舟も剣術修行にあたって、師からまず禅を勧められています。禅の世界は奥深く、簡単には説明できません。相対性理論を、時間とは相対的なもので人によって感じ方が変わると説明した所で、なんだか分かったような気がするという程度。本当に理解したかと言われれば当然理解は深くありません。
禅とは悟りみたいなものだと言ってみたところで、相対性理論の理解と大同小異。しかも禅の世界は不立文字、言葉を理解するだけでなく体得するものなんだそうです。
お前が杖を持っているならば、私は杖をお前に与えよう。もし持っていないなら、それをお前から取り上げる。
こういう世界。禅の大家、鈴木大拙の言葉を借りれば、“禅に何か論理的に筋の通った、知的に明らかなものを与えてくれることを期待するならば、全く禅の意義を見誤ってしまう。内臓を9転させるほどの苦痛と葛藤を経てこそ、初めて内なる不純物が一掃され、人は全く新しい人生観を持って生まれ変わる“。
これくらいにしておきましょう。ところで芭蕉の俳句も禅だそうです。「古池や蛙飛びこむ水の音」なんだか美しい「静」の世界だな、くらいにしか感じていませんでしたが、これこそ無我無心の佳趣。やっと芭蕉の妙味に気づいたところで、俳句の世界を味わいたいと思うようになりました。
実際に宇宙飛行士が何を勉強していたかは分かりませんし、クイズに向かう精神状態と、生きるかシぬかを一緒にするのもどうかと思いますが、些細な事から自分が見つけたものは、禅の精神に共通する“穏やかで何かドシっとしたもの“、これが「焦らない」極意なのではないかと思ったのです。
日常だった精神修行
明治までぐらいの人は武士道や禅など、精神修行が日常と近いところにありました。そんな武士道の代表格「葉隠」の話を少ししたいと思います。
「武士道といふは、死ぬ事と見つけたり」
有名な言葉ですが、人命軽視と批判される事もあるとか。その中心思想は「いつシんでもいいように普段から心を磨いておく」「一度シんだ気になってやってみる」など、シを超越していくもの。
多くは人を大切にする生き方を説いていて、現代でも大切にしたい心遣いも多く発見します。日本語は省略が得意な言語、一部だけ切り取られた批判には全く意味がないと、改めて感じます。自身が読んだのは、「葉隠」の一部を紹介している齋藤孝先生の著。
本書の中で先生は、“当時は日常の中に禅や呼吸の話があり、道として武士の間に共有されていた。それが無心や悟り、倫理観につながって日本人全員の意識の中にあった。今の時代は、日本人の禅や呼吸に関する教養が極端に落ちてしまったことを残念に思う“とこぼされています。
明治維新が成り立った事を思えば、精神修行、日本人の共通認識は成立にかかせない条件だったように思います。それでは齋藤先生の著からの厳選ですが、参考に3つ紹介しましょう。
①心に余裕
徳ある人は、胸中にゆるりとしたる所がありて、物毎忙しきことなし。小人は、静かなる所なく、あたり合い候て、がたつき廻り候なり
②呼吸
呼吸の中に邪を含まぬ所が、即ち道なり。純一になる事は、功を積むまでは成るまじき事なり。
悟りの練習の中に自分の息を数える数息観(すそくかん)というのがあるそうです。息だけに集中すると邪念が入らない。スティーブ・ジョブズの影響か、現代でも瞑想が人気になりましたね。海外から禅の精神が逆輸入される、昔の人が聞いたら開いた口が塞がらない事でしょう。
(ここで単なる豆知識ですが、松岡修造選手が「この一球は絶対無二の一球なり」と言ってサーブするのを見たことがありませんか?彼の言葉だと思っていましたが、本書によると、戦前のテニス選手である福田雅之助という人の言葉でした)
話を元に戻します。
「整える」という中には茶道も入ります。
茶の湯の本意は、六根を清くするためなり。眼に掛物・生花を見、鼻に香をかぎ、耳に湯の音を聴き、口に茶を味ひ、手足格を正し、五根清浄なる時、意自ら清浄なり。
お茶を愉しむ事にこんな奥の道がありました。だからお茶ではなく、“茶道”なのですね。
③人を大切に
人に意見をして疵を直すといふは大切の事、大慈悲、御奉公の第一にて候。意見の仕様、大いに骨を折る事なり。恥をあたへては何しに直し申すべきや。
大意は“人に意見して欠点を改めさせると言う事は大切なこと。大慈悲、ご奉公の第一である。意見するにはずいぶん苦心しなければならない。相手に恥をかかせるようなことで、どうして直すことができるのか”、となります。
「人前で叱るのはよくない」、職場で守りたいルールの一つではないでしょうか。
前述の通り齋藤先生の書は「葉隠」の一部を抜粋したものなので、いつか全文にチャレンジしたいものです。
宇宙へ出かけた本
宇宙人飛行士は他にどんな本を宇宙へ持っていったのでしょう。色んな方の本を紹介する当サイトのメインコンテンツ、めちゃくちゃ気になったので調べてみました。
デジタルで本を読む機会が増えてきた中、わざわざ貴重な重量を消費して紙の本を持っていくというのは、今後は少なくなるかもしれないですね。
リストの前に、こちら素敵なインタビュー動画もありますのでご興味あれば是非どうぞ。「宇宙からの帰還」「風姿花伝」「村上春樹作品」などが登場。
日本人宇宙飛行士
(*注)日本語サイトで的確な情報が得られず、ChatGPTの力を借りました。ネット情報を網羅しているだろうとはいえ、正しさを確かめる方法がなく、信頼度???なのはご了承頂いた上で参考にして頂ければ幸いです(もしかして正確な情報が得られるミラクルがあれば更新)。
野口聡一さん
・「夜と霧」(ヴィクトール・フランクル)
・「銀河鉄道の夜」(宮沢賢治)
若田光一さん
・デューン・砂の惑星(フランク・ハーバート)
・「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(岩崎夏海)
土井隆雄さん
・「アルジャーノンに花束を」(ダニエル・キイス)
古川聡さん
・「ハリー・ポッター」シリーズ(J.K.ローリング)
山崎直子さん
・「星の王子さま」(サン=テグジュペリ)
海外宇宙飛行士
海外には熱心な方がおられます。以下から引用させて頂きました。
(https://space.stackexchange.com/questions/63083/how-many-printed-novels-have-been-in-space-to-date)・・日本人宇宙飛行士も充実させていきたいナ。
銀河ヒッチハイク・ガイド、ダグラス・アダムズ
“The Hitchhiker’s Guide to the Galaxy” by Douglas Adams
(taken by Michael Foale to the Russian space station Mir in 1997)
(taken by Samantha Cristoforetti on the Expedition 42 mission in 2014)
宇宙戦争、H・G・ウェルズ
“The War of the Worlds” by H.G. Wells
(taken by Buzz Aldrin on the Apollo 11 mission in 1969)
2001年宇宙の旅、アーサー・C・クラーク
“2001: A Space Odyssey” by Arthur C. Clarke
(taken by Frank Borman on the Apollo 8 mission in 1968)
火星の人、アンディ・ウィアー
“The Martian” by Andy Weir
(taken by Tim Peake on the ISS mission in 2016)
月は無慈悲な夜の女王、ロバート・A・ハインライン
“The Moon is a Harsh Mistress” by Robert A. Heinlein
(taken by Michael Collins on the Apollo 11 mission in 1969)
(ルイス=クラーク探検:アメリカ西部開拓の原初的物語)
“The Journals of Lewis and Clark”
(taken by Michael Collins on the Apollo 11 mission in 1969)
ザ・ライト・スタッフ:七人の宇宙飛行士、トム・ウルフ
“The Right Stuff” by Tom Wolfe
(taken by Robert Gibson on the Space Shuttle Atlantis in 1991)
地底旅行、ジュール・ヴェルヌ
“A Journey to the Center of the Earth” by Jules Verne
(taken by Terry Virts on the ISS mission in 2015)
タイム・マシン、H・G・ウェルズ
“The Time Machine” by H.G. Wells
(taken by William Pogue on the Skylab 4 mission in 1973)
透明人間、H・G・ウェルズ
“The Invisible Man” by H.G.Wells
(taken by Shannon Lucid on the Space Shuttle Atlantis in 1996)
聖書
“The Bible”
(taken by various astronauts on multiple missions)
指輪物語、J・R・R・トールキン
“The Lord of the Rings” trilogy by J.R.R. Tolkien
(taken by Clay Anderson on the ISS mission in 2007)
アンネの日記、アンネ・フランク
“The Diary of Anne Frank”
(taken by Daniel Tani on the Space Shuttle Discovery in 2007)
二都物語、チャールズ・ディケンズ
“A Tale of Two Cities” by Charles Dickens
(taken by Eugene Cernan on the Apollo 10 mission in 1969)
西部放浪記、マーク・トウェイン
“Roughing It” by Mark Twain
(taken by Frank Borman on Gemini VII in 1965)
(モホークの太鼓、邦訳はなく映像のみ)
“Drums along the Mohawk” by Walter D. Edmonds
(taken by Jim Lovell on Gemini VII in 1965)