海を渡る日本文学PART2ー川端康成「雪国」日英レビュー

英語

本記事は、PART1川端康成「雪国」とSeidensticker訳「Snow Country」読み比べの続きです。PART1では主に日本語と英訳、言葉の違いについて触れました。

PART2では、日英のレビューを比較していきます。PART1でも、自身の抱いた疑問や本作の難解さを少し紹介しましたが、果たして日本語・英語それぞれどのように受け入れられているのか、そんな事も気になったのでした。

ノーベル文学賞「雪国」の味わい

簡単なあらすじはPART1でも紹介していますが、もう一度本作の雰囲気を復習しますと、

山間部にある雪深い温泉町が舞台。東京から来た主人公・島村は、都会の喧騒から離れ、この地で芸者駒子と出会い、心を通わせるが、その関係は愛とも言い難い曖昧で儚いもの。

駒子は素朴で情熱的な性格を持ち、島村に強く惹かれる。しかし、島村は駒子を深く愛することはできない(島村には家庭もある)。

どこか冷めた視点で駒子や雪国の生活を見つめ続ける島村と、芸者としての生活に縛られながら懸命に生きる駒子。

物語は、登場人物の微妙な感情の機微や、雪国ならではの厳しい自然環境を背景に進行。そして静かで衝撃的なラストシーンを迎える。

プロの解説

「雪国」は難しい。

本作の味を感じ取れる人は、相当読書慣れしている人、川端康成の作った余白・余韻を楽しめる人だろうと思います。新潮文庫にある伊藤整氏の解説にはこうあります。

この作品は、特色ある手法としては、現象から省略と言う手法によって美の頂上を抽出する。初歩の読者はそこに特有の難解さを感ずるであろうし、進んだ読者は、自己の人間観の汚れを残酷に突きつけられる。大変音楽的な美しさと厳しさを持っていると言い得よう。

英訳したSeidenstickerの書評の一部も抜粋してみましょう。

It would be hard to think of another novel in which so slight a shift in tone reveals so much. We are not even told whether Yoko is alive or dead at the end of the novel. If the reader finds the last few pages puzzling, however, he should remember that everything has already been implicitly suggested. And, in the final analysis, the very success of the novel becomes a sort of affirmation of the humanity that is being denied. 

(意訳)
これほどわずかな変化でこれほど多くのことを明らかにする小説は他にない。ラストで、葉子が生きているのか死んでいるのかは語られていない。もし最後の数ページが難解に感じたなら、この小説では、すべてが暗黙のうちに示唆されていることを思い出して欲しい。そしてこの小説の成功とは、否定された人間性を一種肯定していることにある。

そう、やっぱり難しい。1度読んで分からなくても心配する必要はないでしょう。数回読んでも分からない所は分からないし、読むたびに受け止め方が変わる可能性だってあるかもしれない。ひょっとしたら分からない事はずっと分からないかもしれない、それぐらい巨大な作品

書かれているのは“答え”ではなく“示唆”であり、受け止め方が複数あって良いように思えます。あぁも読める、こうも読める、ああでもないこうでもないと、思いを巡らせられるのは、悩ましい一方で、良い小説だと個人的には思います。

考察

さて、自身が抱いた初読の疑問は以下3点。
1)本作のテーマ?
2)ラストシーンの意味?
3)島村の聞き間違いや駒子の「あんた私を笑ってるわね」の意味

読み比べで2度目の通読にはなりましたが、思い返すと、1つテーマがあったとも思えません。登場人物それぞれが抱える情熱や切なさが、雪の温泉宿の情景と相まって、何となく物悲しい気分にさせる。そういう気分になる事が小説を味わう事でもあるならば、これだけでも十分だったかもしれません。

無為徒食の島村、懸命に生きる芸者駒子、張り詰めたような葉子、それぞれのキャラクターがどのように思い行動したか。「なぜ」や「その後どうなった」などを求めるのではなく、それぞれの思いや行動を「ああそうなんだ」と受け止めれば良いだけなのかもしれません。

…という非常に言語化しづらい印象を抱いてしまったために、これらを考えるにあたり、ChatGPTにも助けを求めてみました。驚くほど的確に言語化してくれましたので、それも含めてまとめてみます。

1)本作のテーマ

本作のテーマを考えるのは難しい。愛、美、自然、人生観のような多様な視点が含まれており、読者それぞれに異なる解釈の余地があります。これこそが川端文学の魅力かもしれません。これらが詩的かつ象徴的に描写された作品。

美の追求とその儚さ

川端康成といえば言わずもがなの美や儚さが、随所に感じ取れます。

美しさは永遠ではなく、常に消えゆく運命。雪の白さ、火事の炎の輝き、駒子の一途な情熱もまた、儚い美しさの象徴でしょう。


都会と地方、内と外の対比

都会から訪れる島村は、雪国の美しさや駒子の情熱的な生き方に触れる一方で、どこかその土地の人々とは交わらない距離感を保っています。

都会と地方の対比、現代と伝統の対比、さらには人間の内面と外側の世界との対比を象徴しているとも解釈でき、島村の駒子に対する曖昧な態度にも反映されているように思えます。


③不完全な愛

駒子と島村の関係は、一般的な愛とは異なり、どこか片側だけが深く求め、もう一方は観察者であるかのように不完全なもの。駒子は情熱的に島村を愛しますが、島村はそれに対して深く関わろうとせず、二人の関係は曖昧なまま続きます。


2)ラストシーンの意味

ラストシーンにも多くの象徴が含まれており、一つの解釈に縛られるものではありません。川端康成特有の余韻のある終わり方、さまざまな考えを促すことが、本作の本質的な魅力なのでしょう。

具体的には、ラストで島村が火事に遭遇。駒子を含む人々の様子を見守るシーンで締めくくられます。この場面の象徴性については以下のような解釈ができます。

自然の美しさと人間の儚さの対比

火事の赤々と燃える炎が雪の白さに映える中、島村の目に映るのは無限の天の川。壮大な自然の美しさと、人間の儚さや一瞬の命の対比を表しているとも捉えられます。

島村の視点と距離感

島村は、火事の混乱の中で駒子を助けようとするわけでもなく、あくまで観察者としてその場に立っています。これは、島村の駒子に対する感情がどこか冷めていて、本質的には駒子とのつながりを求めていないという示唆にもとれます。

また、都会の人間・島村が、地方や自然を一時的に訪れ、深く関与せずして去っていく姿勢を象徴しているとも解釈できます。

駒子と島村の象徴的な関係の終焉

駒子が火事の中で懸命に何かしようとする姿は、情熱的な性格の表れですが、それをただ眺めるだけの島村。火事は二人の関係の終焉を象徴していると解釈することもでき、二人の曖昧な関係の「燃え尽き」を暗示している可能性も考えられます。

人間の営みの無常観

火事という突然の破壊と、それを包み込む雪国の静けさや美しさは、人間の営みが自然や宇宙の大きな流れの中では、小さく儚いものだという無常観を表現しているとも言えます。

ポイント還元で書籍がお得!翔泳社の通販『SEshop』


3)島村の聞き間違いや駒子の「あんた私を笑ってるわね」の意味

よくある疑問の一つらしく、詳しく説明しているサイトもありましたので、ここでは簡単な紹介に留めます。

ここで起きている掛け違えとは、
島村が駒子に「君はいい子だね」という場面があります。単純に駒子を可愛らしく思ったことから言ったセリフですが、これがあるタイミングで「君はいい女だね」に変わります。

島村としては人柄を褒めたつもりが、駒子には「性的に良い女」と聞こえてしまう。駒子は島村を本気で好きなのに、島村が好きなのは自分の体だったのだと思えて悔しがる。島村は悔しがる駒子を見て初めて、自分の間違いに気づく。

ほんの僅かな言葉の違い、ほんの些細な要素が小説を取り巻く雰囲気を構成している、これだけを切り出しても、決して単純ではない作品なのが分かります。

「雪国」は直接的なドラマよりも感情の余韻や自然描写の美しさに重点が置かれた作品。象徴的な表現や様々な対比を通して、昭和の日本や人生観を繊細に表現した作品に仕上がっています。

絶版・品切れ本を皆さまからの投票で復刊させる読者参加型のリクエストサイト
復刊ドットコム

英訳レビュー

さて英訳レビューです。この難解な日本文学を英語読者はどう感じるのでしょうか。Amazonやgoodreadsの平均評価は★4前後、難しさの割には大多数受け入れられているような感じです。

まずは★1(低評価)レビュー。多くは、ストーリーがない、退屈、全体的によく分からないことを挙げていて、いずれも理由は似たり寄ったり。日本でもよく見かけるレビューであり、無理もない。その気持ちはよく分かります。

さて★5(高評価)はどうでしょうか。以下は一部を抜粋したものです。

Kawabata paints his story rather than writing it. Much is revelead in things left unsaid, lingering glances and bodies floating in limbo, halfway between heaven and earth. The rest is up to the imagination.

Kawabata’s prose is as suggestive as it is devastating, it tantalizes, it provokes, it stings with painful lyricism. His voice is a whisper in a world that only shouts and replaces the background noise with words that contain it all, the gift of life, the tragedy of death and the interdependent wholeness of both.

(意訳)
物語というより絵を描いているかのよう。多くは語られない。漂う視線、天地の間に浮かんでいるような状態で、残りは読者の想像に委ねられる。

川端の文体は、暗示的であると同時に心を打つ。誘惑し、挑発し、痛々しいほどの叙情性で胸を刺す。その声は、叫び声ばかりが響くこの世界において、ささやきのようであり、背景の雑音を全て包み込む言葉に置き換える。命の贈り物、死の悲劇、その両方が互いに支え合いながら成り立つ全体性そのもの。

The setting is one of cold loneliness. The literary style matches the setting. It is written in prose but using the haiku style, terse and austere, due to the limitation of words and the use of opposites and contrasts. 

You quickly see all the references to black hair against the white snow and darkness against sunlight, distant music against stillness — darkness and wasted beauty as the main character says in regard to his favorite geisha.

冷たく孤独な世界。その文学スタイルは、舞台に見事に調和。散文形式で書かれているものの、俳句のような簡潔で質素なスタイルで、言葉の制約や対比の手法が用いられている。

黒髪と白い雪、闇と光、遠くの音楽と静寂といった対比が随所に見られる。主人公がお気に入りの芸者について語る際に表現した、闇と徒労(wasted beauty)というテーマが浮かび上がる。

Never have I had such intense desire to prolong a novel, not until I read this. I am a man of literature. It is in my blood to have the highest respect for the writer and to consider the work sacred, thus I never impose my will on the material even if the end is left open for the imagination to play upon.

本作を読むまで、こんなにも小説を長く味わいたいという強い願望を抱いたことはなかった。私は文学の人。作家に最大限の敬意を払い、作品を神聖なものと見なすことが血肉に染みている。たとえ結末が想像に委ねられていても、作品に自分の意志を押し付けたりはしない。

The snowy setting really captures the imagination especially at night where there are moments described so heavenly it goes beyond words. Delicate and tranquil in nature with a precise lyrical style it has the feeling of a butterfly being caressed by a gentle breeze. A work of rare and subtle beauty.

雪に覆われた舞台は、特に夜の場面で、言葉を超えた天上のような描写があり、想像力を強くかき立てる。繊細で静謐な雰囲気、精緻で詩的な文体は、まるでそよ風に撫でられる蝶のような感覚。稀で繊細な美しさを持つ作品。

最大限の賛辞がある。

共通しているのは、“言葉であまり語られない世界の詩的な美しさ“といった所でしょうか。伊藤整氏の解説にも繋がる感覚であり、彼らには川端文学の真髄が伝わったように思えます(私個人以上に、なのは内緒です)。

ブクスタ! – オススメの本を紹介してポイントを稼ごう

忙しいあなたも、耳は意外とヒマしてる – audiobook.jp
タイトルとURLをコピーしました